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第4回 杉本節子さんに聞く「京町家のおひなさん」 京町家のくらし

杉本節子さんに聞く京町家のくらし
杉本家当主 杉本節子さん
京の人々は四季の移ろいを楽しみ、快適に過ごすため、くらしに様々な工夫を凝らしてきました。それらは長年にわたって研ぎ澄まされ、その所作、室礼には美しさが宿っています。歴史ある杉本家のご当主杉本節子さんから、凛とした京町家の暮らし方を学びます。
重要文化財杉本家住宅:町家としては京都市内最大規模に属し、表屋造りによる大規模な町家構成の典型を示します。建造物全体にわたって江戸時代に熟成された京大工の技量が遺憾なく発揮され、江戸以来の大店の構えを現在によく伝えています。

第4回 京町家のおひなさん

のどかな陽光に花々がほころびはじめると、京の町にも待ちわびた春の到来です。ぬくもりを帯び始めた空気のなか華やかに祝われる桃の節句は、五節句のなかでも特別なもの。
各家ではおひなさんを美しく飾り、社寺においては様々な行事が古式ゆかしく執り行われます。杉本家では、旧暦の3月3日に合わせて4月上旬にお祝いをされるのがならわしです。時代を超え、大切に伝えられてきた杉本家のおひなさんをご紹介します。

源氏枠の御殿飾りと有職雛
京都では御所の天子南面の理にならい、向かって右側が男雛、左側が女雛とされます。

有職雛

京都のおひなさんは、公家の装束や調度が忠実に再現された有職雛が基本です。御所や公家方と近しい関係にあった京の人々には、公家文化への強い憧れがあり、その思いが表れた雅なおひなさんです。
杉本家の有職雛は明治期のもので、源氏枠と呼ばれる御殿仕様の飾りが特徴です。その名のとおり、源氏絵の表現さながらに、天井を貼らず吹き抜けにしていることでおひなさんのお顔が陰に隠れることなく、胡粉が生む柔らかな白さと豊かな表情を愛でることができます。
その表情は百年を超えたとは思えないほど鮮やかで凛とした佇まい。普段は巻き上げておく御簾をおろし、ぼんぼりに蝋燭を灯せばお内裏様とお雛様の姿がほんのり浮かびいかにも奥ゆかしい風情になります。

享保雛
金襴や錦が用いられた装束は豪奢ながら大陸風のおおらかさが漂います。

享保雛

杉本家では「古雛さん」と呼び親しんでおられる、江戸時代後期の雛人形です。その名のとおり享保年間より始まったとされ、江戸文化華やかなりし時代を反映したやや大型で豪華な装束をまとったこの様式は、その後長きにわたって愛され、明治・大正の頃まで作られ続けました。
綿を入れて丸く膨らんだ女雛の袴の形、外側に張った男雛の両袖口が特徴的です。お顔立ちは精神性を湛えた能面を思わせる端正なもの。静かな笑みをたたえる口元、切れ長で涼し気なまなざしが心に残ります。杉本家では、雛遊びを詠んだ和歌の軸とともに春の座敷床に静かに飾られます。

市松人形
ふくよかで愛らしい表情の市松人形。京都では「いちまさん」とよばれ、おひなさんとともに飾られます。
美しく整えられたおひなさんを愛でながらふっと心ほどくひと時。はんなりとしたお菓子と柔らかな桃色のうつわが春めいた風情を運びます。

おひなさんの事々

杉本家のおひなさんとお道具類は中蔵と呼ばれる土蔵に収められています。京の町は季節により温湿度が大きく変化します。土と漆喰により庫内の環境を一定に保つ土蔵がおひなさんを守り、変わらぬ美しさをいまに伝えてくれます。
おひなさんとそれにまつわるお道具類は数多く、出し入れやそれぞれの配置に費やす手間はなかなかのもの。とくに段飾りの配置は左右対称が基本であり、少しの角度や間隔の違いが全体のバランスを損なうため、何度も微調整を重ねます。「正面から見ながら細かな調整を繰り返します。手間はかかりますが正しく置かれたおひなさんはひときわ美しい表情でお返ししてくれます」杉本節子さんは些細と思える事にこそ手間をかける大切さをこのように語られます。

上巳の節句のお献立

いまでは桃の節句が一般的ですが、3月3日は3月上旬の巳の日ということで古来より「上巳の節句」とも呼称されています。杉本家の上巳の節句は、ばら寿司、蛤のおすまし、身しじみの炊いたん、赤貝のぬた、姫カレイの干物がお決まりのお献立です。なかでもばら寿司は春らしい味わいと彩りにあふれたご馳走。こちらもシンプルながら、具材の丁寧な下ごしらえが大切なお料理です。
「お店で買い求めたものでも、TPOに応じたうつわに移し替え、木の芽、錦糸卵などの彩のものを追加するなどの工夫とちょっとした手間を加えれば、お料理もより美味しそうな姿で応えてくれます」と杉本節子さんはおっしゃいます。
和のうつわは多彩なかたちと絵付け、釉薬による多様な表情が持ち味。陽光を思わせるほんのりと明るいうつわが、早春の節句を一層華やかに彩ります。快晴ながらまだまだ風に冷たさの残る取材当日、お庭に目を転じれば、草花の芽の丸みにめぐる季節の確かな歩みを感じました。柔らかな光あふれる春はもうそこまで来ています。

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